Nikon D4S
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR
ノーベル賞を受賞した大村さんがいつも持っているという、
亡くなった奥さんの写真の事が話題になった。
ニュースにストックホルムの授賞式に持っていくその写真が載っていた。
大村さんの成し遂げた業績も凄いが、奥さんがまた別の意味で凄い人だ。
誰よりもノーベル賞を取ることを信じていたと言う。
そのために自分の生活を捧げただけでなく、不足する研究費まで工面していたそうだ。
大村さんが自分の研究を授賞式で説明した時、「人類に貢献したと思う」と、
さり気なく言っている所が凄い。
ホントにそうなんだろうし、
それが分かっていたから奥さんも其処まで尽くせたんだろうと思う。
そこで思ったことは、何時も持っているという物が写真だ、ということだ。
奥さんの形見の物もあるだろうし手紙だって多分あると思う。
そう言った物でなく写真だ、という所に写真の本質的な性質や価値があると思う。
眺めれば何時でもその写っている姿と同じ時間に戻る事が出来る。
見る人にとってはタイムマシンは既に実現しているのと同じ事だ。
そしてその後写っている人や見ている人の人生がどの様に変化しようが、
その写っている瞬間は永遠に変わらない。
そこで時間は止まり楽しかったことは永遠に残り、懐かしい思い出も其処に留まっている。
我々は時間を止める事が出来るのだ。
自分はノーベル賞を取るなんて到底できないが、写真は幾らでも撮れる。
残りの人生、幸せな瞬間や素晴らしい物を美しく残したいと思う。