Nikon D500
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR
作家の三浦朱門さんが先日亡くなった。
奥様はご存知のとおり曽野綾子さんだが、
彼女の「誰のために愛するか」を若い頃読んで、
「愛の定義を私はこういうふうに考える。
その人のために死ねるか、どうか、ということである。」
という文章にビックリし、深く印象に残った覚えがある。
同時に曽野さんの結婚相手はどういう人だろうと思い、
後に三浦朱門さんがその人だと知った。
顔が分かった時、笑った写真を見た時、どこか見覚えのある顔だと思った。
入試の巨大な試験会場でふと顔を上げた時、目が合ったその人だった。
試験官でありながら微笑みかけるその大人に戸惑いながら、
明らかに優しい眼差しを感じた。
何故アノ人は知らない自分にあんな顔をしたんだろうと、
不思議さを感じつつ心に残った。
田舎から一人で出て来て、親や学校からも反対されながらこの学校を受験した。
他に進路は考えていなかったし、受験料も勿体なかったからここしか受けなかった。
進路指導の物理の教師に
「まだそんな馬鹿な事を言っているのか」と言われ、
「誰も行った事が無いからデータがない」とか、
「(町の)写真屋になってどうするのだ」とか言われた。
写真をやるんだという決意はあったが、不安が無かった訳ではない。
曽野綾子さんのエッセイに登場する御主人の三浦朱門さんは、
飄々としていて、時に口も悪いが、人間としての器の大きさや優しさを感じる。
その時はあまり解らなかったが、年齢を重ねると分かる。
あの時、見ず知らずの自分もその優しさを戴いたんだと。
ご冥福をお祈りします。
http://www.sankei.com/column/news/170206/clm1702060003-n1.html