信じられないほど 海が青く 深く鮮やかで 美しかった・・・
バンザイクリフと教えられなければ
一万人もの人がここから身を投じ
海が真っ赤に染まった など
信じることができませんでした
島の北端の岬です
付近には数々の慰霊塔や碑が並んでいました
立派な慰霊碑がありましたが
裏にあった 目立たないですが 慰霊の数々に導びかれました
最後の日本軍司令部跡
娘が怒りを押さえきれずに
慰霊碑に唾をかけてる親子がいる!
と訴えてきた
・・・その国の人達の沢山の落書きもありました
1944年7月5日 第135連隊 第118連隊の軍旗を奉焼
翌日午前10時
南雲中将 斎藤師団長 井桁参謀長
肌着を着替え 掃き清められた台座の上に座り
自決
全軍への訓示
・・・今や戦ふに資材なく、攻むるに砲熕悉く破壊し、戦友相次いで斃る、無念、七生報国を誓ふに、而も敵の暴虐なる進攻依然たり、サイパンの一角を占有すと雖も、徒に熾烈なる砲爆撃下に散華するに過ぎず、今や、止まるも死、進むも死・・・余は残留諸子と共に、断乎進んで米鬼に一撃を加へ、太平洋の防波堤となりて・・・・・
合掌