天界入路

人の心が少し温かくなって、 気持ちがちょっと優しくなる様な写真を載せていきます。 写真による小さな感動、しみじみとした気持ちを目指して行きたいです。 その為の撮影機材の話や、撮り方などの大事なコツをコンパクトに、作品としての解説などもを交えて書いていきます。

スペイン

グエル教会 エントランス上部

グエル教会 外壁

グエル教会 外壁

グエル教会

グエル教会

グエル教会

Nikon D4S AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR ガウディは、固く重く冷たく、無機質で拒絶的な石を、 柔らかく暖かく、有機的で抱擁する生き物のように使いたかったようだ。 レンガやコンクリート、タイル、ガラス、鉄などの無機物や木も、 同じように教会と言う有機的な生命体を構成し、 此処を訪れる人々を包み、 神とつながる場所としたかったのではないだろうか。 直線や直角と言う建築の基本形がほとんどなく、 曲線や不定形な形は図面に書きようがなく、 仕上がりを現場の職人と作り上げた苦労が偲ばれる。 彼は自分の個性を表現したのだろうか? 他人と違う事に価値を見出すために作ったのだろうか? 変った事をして世間を驚かし、どうだ、すごいだろうと思っていたんだろうか? みんな違うと思う。 彼のどの建造物を見てもそういう現代の作家、建築家、アーティストによく見られる、 俺が俺がを感じない。 殆どの作家は、自我の表現とか、自分だけの個性とか、他人にない独創的な表現とか、 いつも人と比べてとか、人より優れてとかばかりだ。 彼の作品の凄さはそれが無い事だ。 後半生を熱心なカトリック教徒として過した彼の生活は質素で、 貧者の為の教会を作りたいと願っていたという。 晩年身なりが余りにみすぼらしく、電車にひかれても浮浪者と間違われ、 気付かれずに亡くなったという。 しかし今や世界中から彼の作品を見に来る人が絶えない。 子供でも関心を持って見ているのが分かる。 彼の作りたかった物がこんなにも理解され、宗教を超えて多くの人を魅了している。 それは彼の作品ではなく、神の作品になったからでは無いだろうか。   

グエル教会